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君の知らない玉手箱

溶けそうで溶けない、アイスクリイムのようなブログ。

咲-Saki- 阿知賀編SS 決戦前夜(一部百合)

※鷺森灼と赤土晴絵の場合


「今のあなたは、まだ私の足元にも及びません」


「でも、あなたがプロになった暁には・・・

 
 次は最高峰の舞台で会いましょう」




――――――――――――





それは突然のことだった。


「そういえばさー、昨夜、小鍛治プロと打ってきたんだ」

まるで取るに足らない、当たり前のことを話すような口調で
晴絵は言った。


「え・・・!?」

もちろん灼は耳を疑う。

「卓を囲む他の面子もすごいよ。瑞原プロと野依プロ」

灼は戦慄する。

「そ、それって・・・!」


10年の時を越えた―――


「うん。インハイ準決勝の再現だね」


快進撃を続けた阿知賀が大敗した日。


そして、赤土晴絵が牌を握れなくなった日。


「大丈夫だったの・・・?」

晴絵が麻雀を打たなくなった理由は、小鍛治健夜の存在に他ならない。

そんな相手と同卓することによって、再び晴絵はトラウマを
抱えてしまうのではないか。

灼が押し寄せる不安に抗えず、そう尋ねたのも無理はないだろう。

「大丈夫じゃないよ!小鍛治プロには手も足も出なかった。悔しいったらないね。
 玄みたいに連携も考えたけど、他の二人はマイペースに打つしさ」

しかし、晴絵はあっけらかんと軽い調子で言い放った。

「・・・・・・?」

「雲の上どころか、住む世界が違うよ」

その輝かしい経歴から、国内において最強の名を欲しいままにする小鍛治健夜。

晴絵の一件を除けば、灼も同じ麻雀を打つ者として、
世界ランキング2位にまで上り詰めた彼女を尊敬しないわけにはいかなかった。

「でもさ」


「・・・楽しかったよ」


灼は晴絵を見つめる。

晴絵の横顔には、悔しさと、それを上回る喜びが溢れていた。

「ずっと忘れてたよ、こんな気持ち。
 一時は牌を触るのも嫌で、ようやく打てるようになっても
 どこか牌に振り回されている感じがしてさ・・・」


日本リーグでの晴絵の牌譜を見た、灼が抱いた印象は「らしくない」だった。


確かに強くはあった。でも、違った。


その打ち筋には、赤土晴絵がこもっていなかったから。


テレビの前で、ずっと見ていたあの頃の彼女ではなかったから。


「あの準決勝に置き忘れていた大事なものが、やっと見つかったんだ」


「・・・・・・」

二人の視線が交差する。

柔和な表情の中にも、晴絵の両眼は確かに燃えている。

「逃げるのはもう止める。プロになって同じ舞台であの人と戦う。
 日本最強、上等だよ。私の遥か先にいるのなら、私は追いかけ続けるだけさ」

「ハルちゃん・・・」


「ずっと私を追いかけてくれた・・・あの女の子みたいにね」


「――――――っ」


「ありがとうね・・・灼」


限界だった。

一つ・・・また一つ。

灼の瞳から、涙が零れ落ちていく。

瞳を滲ませながら、やれやれと晴絵は肩をすくめる。

「明日の優勝した時のために取っておきなさいよ」

「ハルちゃんだって、泣いて・・・」

無理を言わないでほしい。

温かい気持ちが胸の奥からあふれ出してくるのだから。

「しっかりしな、部長」

灼の頭を優しく撫でる晴絵。

その光景は、まるで仲の良い姉妹の姿にも見えたのかもしれない。



「明日に備えてそろそろ寝ようか」

「もう少しお話した・・・」

「そうかい?」

胸の火照りは収まらず、まだまだ寝付けそうにない。

良くないとわかってはいるけど、今はわがままを許してほしい。

「白糸台を抜いて、Aブロックを一位通過だからね。嫌でも注目されるし、
 警戒される。白糸台も、目の色を変えて向かってくるだろうさ。
 大変だよ、明日は」

「いつものこと・・・負けたら終わりの地区予選から、楽な戦いなんて
 一度もなかった。私たちは自分のベストを出すだけ」

「・・・そうだね」

頼もしく見える灼が、晴絵には嬉しくもあり、寂しくもある。

「でもさ、大変なのは明日だけじゃないよ。明日が終われば
 3年生の宥は引退するから、一人足りなくなっちゃうよ」

「あ・・・そっか」

インターハイのことで頭がいっぱいで、その後のことを考えていなかった。

阿知賀女子は5人から部活として認められるため、
このままでは同好会になってしまう。

「まぁ現時点で全国ベスト4なんだ。秋季大会はさすがに無理だろうけど・・・
 きっと来年には有望な一年生が入ってくるさ」

「でも、この5人で一緒に打つのは最後・・・」

「仕方のないことも、あるよ」

確かにそれはどうしようもないことで、そう割り切るしかない。

「後悔しないように打ちなさい」

灼は力強く頷く。

明日を、みんなで思いっきり楽しめるように。


「そういや玄から聞いたんだけど、ずっと麻雀から遠ざかってたんだって?」

「・・・9年間、打ってなかった・・・」

「それって、やっぱ私のせい?」

「・・・意地をはってただけ。今は後悔してる。ブランクきつ・・・」

遅れを取り戻そうと、数えきれないほど対局を繰り返した。

その甲斐あって、だいぶ強くなったと思ってはいる。

高校生の頃の晴絵に追いつけたかは、わからないけど。

「大会が終わったら、すぐ辞めるの・・・?」

「そんな無責任じゃないよ。いろいろ手続きもあるし、私の後を継いで
 あんたたちのことを考えてくれる新しい監督も探さないとね」

「・・・そう」

「・・・寂しくなった?」

「そ、そんなんじゃな・・・」

「いいじゃないの、素直になれば」

意地悪い笑みを浮かべる晴絵に、灼は顔を逸らす。

ずっと自分で打って欲しいと思ってたのに、この数ヶ月の想い出が
今になって送り出すことを躊躇させる自分がいた。

勝手なものだと灼は自嘲する。

「・・・ハルちゃんの門出を笑って見送る。私は、部長だから」

「・・・うん」


涙だけは見せないようにしよう。

自分がいなくても大丈夫だと、晴絵が思えるように。


「さ、もう寝ようか。これ以上の夜更かしは、本当に明日に差し支えるからね」

「ハルちゃん・・・」

「うん?」


大切な人へ、伝えたいことがある。


「一緒に立とう、あの場所へ・・・」


「・・・え?」


「明日の副将戦・・・私のスタイルにハルちゃんのスタイルを混ぜて打つ。
 私たちは、二人で戦うの」


「・・・・・・・」


「穏乃みたいに、絶対勝つとは言えない。
 
 
 だから私はこう言う・・・

 
 絶対、負けない・・・!」


二人なら、どんな強敵にも立ち向かっていける。


師弟が目指すのは、ただ一つ頂点のみ。


「その意気だ。私も灼と共に戦って、見届けるよ、最後まで!」


星の夜―――師弟は共闘を誓う。


過去を受けいれ、未来を紡ぎだすために。


―――――――――――――――


※松実宥と松実玄の場合




「おねーちゃん、寝ないの?」

東京の夜景を見下ろす宥の背中に、玄が声をかける。

「そこ、寒くない?大丈夫?」

「うん。本当は早く寝ないといけないんだけど、
 何だかもったいない気がしちゃって」

「もったいない・・・?」

「私は・・・明日で最後だから」

「あ・・・」


宥にとって、最初で最後のインターハイ。

インハイが終われば、宥は自動的に引退となる。


また・・・別れちゃうんだ。


誰かがいなくなる寂しさを、玄は誰よりも知っている。

無意識に考えないようにしていた現実に、玄は視線を落とす。

そんな玄の頭を、宥は優しく撫でてあげた。

「でも、私は全然寂しくないよ。みんなと楽しい思い出を
 いっぱい作れたから」

駆け抜けた日々が、宥の力になっている。

かけがえのない毎日の積み重ねがあるから、
宥は胸を張って前へ進める。


「みんなには、あったかい時間をありがとうって言いたいな」


決勝戦を全力で戦い抜くこと。

それが宥の、麻雀部へ誘ってくれた玄たちへの恩返しだ。


玄も宥の気持ちを汲み、今はただ、インターハイのことだけに集中しようと決めた。

「明日、がんばろうね、おねーちゃん!」

「うん!」

ただ・・・玄には一抹の不安があった。

「明日は戻ってきてくれるかな・・・ドラ」

準決勝の先鋒戦が終わってから、ひたすらに仲間たちと対局を続けたものの
結局、決戦前夜までにドラが玄の手牌に戻ることはなかった。

「とっくに戻ってくるはずの局数はクリアしてるんだけど・・・」

手牌が透けて見える上に、ドラに縛られるというデメリットはあるが
ドラがもたらす火力はその弱点を上回る。

ドラがなければ、玄は決勝戦を地力だけでチャンピオンたちと戦わなければならず、
苦戦することは想像に難くなかった。

「もしかしたら・・・私に怒ってるのかも」

「怒って・・・?」

「一緒にいる時間がずっと長かったぶん、すごく傷ついたんだと思う」

準決勝先鋒戦オーラス、玄は母との思い出のドラを切った。

その時ドラは、見捨てられたと思ったのかもしれない。


「違うんだよって、教えてあげたい」


ドラを切ったのは、前に進むためだった。


あの部室で、一人で待ち続けていた。

穏乃を、憧を、晴絵を、みんなを。


いつだって玄は待ち続けていた。

そして、みんなは帰ってきたから。


「だから私は、待ってる」


いつになるかはわからない。

決勝でドラが復活するかもという一縷の望みも、夢物語に終わるかもしれない。

それでも、玄は待ち続ける。


「帰って来たら、お帰りって言ってあげるんだ」


笑顔で温かく迎えてあげよう。


「・・・うん、きっと大丈夫だよ」


宥は想う。


ドラゴンは、決戦の時のために、牙と爪を研いでいるのだ。


主の為に、本番で威風堂々と舞い降りてくるのだと。


「おねーちゃん、今日は一緒に寝ない?」

「え?」

「子どもの頃みたいに。きっと、暖かいよ」」

「・・・いいけど、玄はちゃんは暑くないかな?」

「だからごめんね、ちょっと部屋の気温を下げさせて」

宥は苦笑する。

「それじゃ意味無いよ。でも・・・いいよ」

灯りを消して、二人は一つのベッドに横になる。

「ほんとだ、暖かいね」

「こうするともっと暖かいよ」

ぎゅっと玄が宥を抱きしめた。

宥も抱きしめ返す。

「おねーちゃんのおもちは大きいね」

「・・・もう」

互いの温もりを確かめながら、二人はゆっくりまどろんでゆく。

「玄ちゃん、私、進学することにしたの」

「うん」

「色んな人と出会って・・・たくさんの経験をして・・・
 大人になったら、旅館で働きたい」

「うん・・・」

「お父さんは無理に継がなくてもいいっていうけど・・・
 私はあそこが大好きだから・・・」

「私も手伝う・・・きっと、お母さんも喜んでくれるよね・・・」

「・・・うん」


その日、二人は懐かしい夢を見た。


「おいで、宥、玄」


「「おかーさん!」」




―――――――――――――――


※高鴨穏乃と新子憧の場合


どうしてなのかな。

手を伸ばせばそこにあるのに、掴むことができない。

気持ち平行線。

中学では離れちゃったけど、忘れたことなんてなかった。

元気いっぱいに走り出すあなたに置いて行かれないように、
麻雀もおしゃれも頑張った。

いつだってあなたはあたしの頑張る理由で。

あなただけを追いかけていた。


どうしてなのかな。

気持ち一方通行。

いつだってあなたの視線の先には、あの子がいる。

離れていた時間は変わらないのに、あなたはあの子のことばっかり。

あたしの気持ちなんて、全然気づいてくれない。

想いが強ければ強いほど、苦しくなる。


どうしたらいいのかな。


もうわからないよ、しず・・・



「・・・こ」

「・・・・・・」

「憧!」

「きゃっ!?」

いつのまにか互いの鼻が触れそうなほど顔を近づけていたしずに、
あたしは思い切り面食らった。

「し、しず・・・!おどかさないでよ」

不意に上昇した体温と胸の鼓動を宥めつつ、しずを睨みつける。

「さっきから何度も声かけたよ」

ぼうっとしていたみたい。乱れた呼吸を整える。

「やっぱり、取材に疲れた?」

「あ~・・・うん、まぁそんなとこ」

一応、嘘ではない。

優勝候補本命の白糸台を押さえ、準決勝を無名校が一位通過したのだ。

突然現れた新星に、今まであたしたちのことなんて
見向きもしなかったマスコミが我先にと寄って来た。

その時に矢面に立たされたのが、あたし。

何故、部長の灼さんじゃないのか、
ハルエいわく「あんたが一番マスコミ受けするから」だそうだ。

いい迷惑である。別に有名になるためにインハイに来たわけじゃないし。

和はすごいな。中学生の頃から、あんなのを相手にしてるんだから。

和・・・か。

「いよいよ明日だね、しず」

「うん!やっと和と遊べるんだ、あの舞台で!」

ちくりと、胸の奥が刺されたような痛み・・・

あたしは無視して、続ける。

「まぁ・・・実際に対局するのは灼さんだけどね」

あたしたちの決勝進出に大きな力を貸してくれた阿知賀のレジェンドでも、
清澄のオーダーまでは読めるわけがないか。

「そんなの関係ないよ。同じ場所で戦うんだから」

「・・・ん、そだね」

昔の友達と遊びたい。

強豪校の人たちに話せば鼻で笑われそうな理由だけど、
あたしたちは大真面目でがむしゃらに走ってきた。

努力は実を結び、あたしたちは今、ここにいる。

でも・・・あたしの花は、咲きそうにない。

「清澄の大将がいるじゃん?」

「宮永咲さん?」

「抽選の前に廊下ですれ違ったこと、覚えてる?」

「当然!」

「ハルエが言ってたんだけどさ、何か、覇気のようなものを感じたんだって」

「覇気・・・?」


「もしかしたら・・・宮永咲は大星淡より強いかもしれない・・・」


ダブルリーチの連続にカン裏を乗せるあの高火力は、
しずでなければ手をつけられなかっただろう。

また、龍門渕高校の天江衣も海底を狙って出すという離れ業を
3度も演じてみせた。特に、見せてもらった県予選決勝の
牌譜は、異常の更に向こう側にあった。


その更に高みに宮永咲はいるというなら、それは最早、化け物と
呼んだほうがいいのかもしれない。


「・・・・・・・」

「・・・びびった?」

「そんなわけないじゃん!すごく楽しみだよっ!」

うん、そう言うと思ったよ。

「すごいよねー、しずは」

「え?」

「いつだって前向きで、やるぞって意思に満ち溢れてる。
 あたしにはとても無理だよ」

例えば。

あたしたちがあの日誓った、インハイで和と遊ぶという目標。

今だから言えるけど・・・あたしは心の中で、
もしかしたら、ダメかもしれないという不安を拭いきれずにいた。

自信がなかったわけじゃない。

ハルエや仲間たちに鍛えられて、あたしたちは強くなったのは間違いない。

でも、どんなに完璧に打っても、負けることがあるのが麻雀だ。

県予選で躓く可能性も、ゼロじゃなかったはずだ。

強気でいても、目を向ければそこに弱気も同居していた。

なのに、しずは違う。

この子はどんな高い山でも登っていける強さがある。

そしてその強さは、あたしを置いてあの子のもとへ行ってしまうんだ。

「しずは、好きな人っているの?」

「ぅええっ!?」

不意打ちに赤面するしず。可愛いな。

「それ」があたしに向けられるものなら、良かったのに。


「あたしは―――いるよ?」


びくっと、しずは身体を震わせる。その理由は・・・わからない。

でも、もう動く唇を止められそうもない。

たぶん、あたしは疲れたんだ。

だから、楽になろうとしている。

よりにもよって、決戦前夜に。

最悪のタイミングだ。


でも、あなたは明日あの子に会ってしまうから。


それで全てが終わってしまうから。


最後に、自分勝手なあたしを許してほしい。






「あたしさ・・・しずのこと、好きなんだ」








もう後戻りはできない。









「言っとくけど、友達としてじゃないから。れっきとした恋愛感情だから」

しずのことだから誤解しかねない。そのことは強調しておく。

「好き・・・憧が・・・私を・・・?」

目の焦点が定まらず、呆然自失としている。

「やっぱり気づいてなかったか。ちょっとは期待してたんだけどな」


嘘。


「わかってる。だってしずは・・・和が好きなんだもんね・・・」


「っ!?」


見てればわかる。傍にいれば嫌でも気づいてしまう。

知った上で、しずと同じ阿知賀を選択するのだから、
救えないな、あたしって。

「ごめんね、いきなりこんなこと言って。困るよね」


「・・・・・・・・・・・ひどいよ」


「ごめん、本当に―――」

「違うっ!」

あたしの言葉を遮ったしずは、あたしの肩をつかんだ。

「い・・・痛っ!」


手を離すしずの表情には、明確な、しずにはそぐわない怒気が見て取れた。


「好きなんていったくせに、憧は私のこと全然わかってないよ!」


「・・・え?」

何故だろう。しずの眦に、涙が溜まっている。



「私が好きなのは・・・和じゃない」




・・・え? 



そんな、だって・・・








「憧・・・だよ・・・」








・・・目の前が真白になるというのは、こんな状態だろうか。


その瞬間、あたしの中で確かに世界は止まっていた。


俯いたしずが、淡々と紡いで―――


「憧が阿太中に行くって聞いた時、すごく辛かったんだ。
 本当は止めたかったけど・・・見送ろうって思った。
 止められるわけないじゃんか。憧が頑張ろうとしてるのに
 邪魔したくなかったから」

「・・・・・・」

「だから、あの日憧と再会できて、本当に嬉しかった。
 また、一緒にいられるって思ったんだ」

こんな、人の心をもてあそぶ様な嘘をつく子じゃないのはわかってる。

でも、あたしは信じきれないでいた。

「本当に・・・?あたしに気をつかってるんじゃなくて?」


「ずっと・・・憧は、和が好きなんだって思ってた」



「ち、違っ・・・!」


「・・・私も、憧のことわかってなかった。ごめん・・・」



あたしは夢を見ているのだろうか。

今起こっている出来事を、全然処理しきれていない。


・・・でも。


顔をあげたしずが泣いてるのを見て。


大好きな人に、泣いてほしくなんかなくて。


あたしの身体は自然に、最愛の人を抱きしめていた。





沈黙が支配している部屋で。

あたしたちは、抱きしめあっている。

しずの暖かい体温が気持ちよくて、照れくさくて、
恥ずかしいようなこそばゆいような、不思議な感覚だ。

「ね、ねぇ、憧・・・」

「何・・・?」

「い・・・いつまで、ぎゅっとしてるの・・・?」


心がつぶれてしまいそうなくらい我慢してきた。

だから今まで溜めた分を、しずにぶつけるの。

「ずぅっと」

「あ・・・う・・・」

しずは限界みたい。しょうがないなぁ。

解放してあげるけど、手は繋いで放さない。

繋いだ手から、力が湧いてくる。

「あたし、今なら小鍛治プロにも勝てそうな気がする」

「え・・・・・」

こんな軽口が叩けるくらい、あたしは幸福に包まれていた。

「しず、聞いてくれる?」

「うん?」

「あたしさ・・・ずっと、和に対して複雑な気持ちだったの。
 しずの隣にいても、いつも和がちらついて、心がどうにかなりそうだった。
 ううん、あたしは和を嫌いになろうとしてた」

でもそれは醜い嫉妬でしかなくて。

しずがそんなあたしを好きになるわけがないって絶望してた。

「だからあたしは、和を見返すために頑張ってきたの。
 晩成に行ったのだってそう。和と同じことをやっても勝てないから」

結局、和はインターミドル王者にまでなって完璧な差をつけられちゃったけど。

「和は、あたしが頑張るもう一つの理由だったの」

コインの表がしずなら、裏は和だった。
 
「準決勝の途中で再会した時は何を言ったらいいのかわからなくて。
 でも今なら、あたしは和に素直になれると思う」

仲の良い友達から、いつのまにか独りよがりな恋敵になっていた。

やっと・・・向き合える。

「インハイが終わったら和と二人で話したい。和に謝って、 
 あの頃のあたしたちに戻って、初めて本当にあたしの時間が
 動き出すと思うから」

変わってゆく心。変わらない心。

あたしはまだ16歳の子どもだけど。

踏み出した一歩は、未来へ繋がっていくから。

「だからしず・・・ずっと一緒にいてよ」

「ずっと一緒にいるよ」

「・・・大好き」

「・・・私も、大好き」





あたしたちは目を閉じて、そっと唇を重ねた。






―――――――――




「え・・・私が大将ですか!?」

「そうだよ。玄が稼いで、後ろのみんなが守る。それがうちのスタイルだ。」

「私でいいんですか?頭の良い憧とかの方がいいと思うんですけど・・・」

「あんただから、だよ」

「・・・・・・?」

「セオリー的には玄が先鋒なのは間違いない。でもそれだけじゃないよ。
 この麻雀部は結果的にあんたと玄が再興したんだろ?」

「そう・・・なのかな?」


「そうなんだよ。だからさ、しず。

 
 新生阿知賀女子麻雀部―――


 みんなの夢は、しずが背負いな。


 頼んだよ、阿知賀の大将―――」






「う・・・ううん」

寝ぼけ眼を開けると、すぐ傍に恋人の顔。

「・・・・・・!」

昨夜の記憶が蘇り、私は頬を紅潮させた。

「ふきゅ・・・しず・・・」

愛らしい寝言。夢にも私が出てきてるのかな。

微笑ましくて笑みがこぼれる。

本当に可愛いよなー憧は。

私とは大違い。

「ん・・・」

「おはよ、憧」

突然身体を起こした憧は不審げに視線をさ迷わせた。

すぐに真っ赤な顔を私に向けて、

「えと・・・夢じゃないよね?」

「う、うん、夢じゃないよ」

「そ、そっか・・・」

頭が冷静になって二人とも恥ずかしくなってきた

でも、気を引き締めないといけない。

「ついに来たね」

「・・・うん!」


インターハイ団体戦・決勝―――


全国の舞台で和と遊ぶ。


泣いても笑っても今日が最後だけど。


きっと、私たちの忘れられない一日になる。


ドアがノックされて、鍵を開けると玄さんが入ってきた。

「おはよう。先生が集まってって」

「は~い!」




「みんな、体調はどう?」

「絶好調です!」

いつになく、気合が充実しているのがわかる。

みんなも同意するように頷いた。

「昨日までにやるべきことは全てやった。今更私が言うことはないけど、一つだけ。

 
 最高の場所で、思いっきり楽しんできな!」



「―――はいっ!」





「副将戦しゅ~~~~りょぉおおおお~~~~!
 全国3千校の頂点を決める戦いも、遂に大将戦を迎えます!」


「白糸台が一歩リードしていますが、どの校にも勢いがあります。
 どこが勝ってもおかしくありません」



「出番だよ、しず!」

「がんばってね、しずのちゃん!」

「しずのちゃん、ファイト~」

「後はよろしく・・・」


「しず」


憧の制服に着替えた私の手を、憧が握る。

「和が見てるよ」

「うん」

「向こうで辛くなったときは、あたしたちのことを思い出して。
 最後まで見守ってるから」

「うん!」


「さぁ、行って来い!」


「行ってきます!」

私は胸を張って駆け出していく。

どんなに点差をつけられても、最後まで絶対に諦めない。

和が、みんなが、憧が見ているから!



対局ステージに向かうと、既に他の3人は席についていた。

「よろしくお願いします!」

「高鴨穏乃!今日は100回倒すんだから!」

準決勝で戦った大星さんが睨みつけてきた。

うわ、すごい気迫・・・!

武者震いに震える私を、他の二人が見据える。

「よろしくお願いします」


その中の一人、宮永咲さん。


和のチームメイトで、私の倒すべき相手。


彼女の後ろに、私は咲き誇る花を見た気がした。


「よろしく」

もちろんもう一人も、一筋縄じゃいきそうにない。


この面子を相手に、私は何ができるのかな。


早く・・・打ちたいよ!


「さぁ、大将の4人が席につきました。


 
 全国高等学校麻雀選手権大会、団体戦決勝―――



 今、スタートです!」

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  1. 2014/04/21(月) 02:54:03|
  2. 咲-Saki-SS
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