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君の知らない玉手箱

溶けそうで溶けない、アイスクリイムのようなブログ。

冴えない彼女の育てかた 加藤恵SS  前編 

※もしも加藤恵が本編開始前から安芸倫也のことが好きだったら・・・

そんな妄想SSです。

原作1~9巻のネタバレ注意。

サブタイトルも考え中。。




あの日、よく晴れた春の日。

わたしは桜の花びら舞い散る坂の上で、
とある男の子を待っていた。

彼が新聞配達の途中に、この坂を通ることは下調べしてある。

「でも・・・ちょっと寒いな」

今のわたしの服装は白いベレー帽とワンピース。

しかも不意に吹き抜ける風が強くなって―――

ふわっ・・・

「あ、あああああ~!お願い、ちょっと待ってええええ~!」

いたずらな風に、ベレー帽が吹き飛ばされてしまった。

「わたしの帽子~~~!!!」

坂を転げ落ちる帽子に右手を伸ばしても、もちろん届かない。

風にたなびく髪を左手で抑えても、セットした髪がくしゃくしゃになっちゃう。

「行っちゃった・・・・・・あ」

「あ・・・・・・」

いつのまにか坂の下にいた、自転車に跨がる男の子と目が合う。

うそ、よりによってこんなタイミングで来ちゃった。

「ちょっと待ってろ!」

「えっ・・・・・・?」

男の子は自転車を降りるとスタンドを立てて

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ~っ!」

掛け声とともに、転がる帽子へ向かって全力で駆け出した。

「・・・・・・」

その姿をわたしは目に焼き付ける。

そこにいたのは、わたしたちが通う学校の有名人ではなくて・・・

額に汗をかいて一生懸命に帽子を追う、
かっこいい一人の男の子だった。

あの真剣な表情は前にも見たことがある。

去年の学園祭を目前に控えた校舎の屋上で。

「よしっ!」

帽子は大通りに転げ落ちる前に彼の手で救出された。

彼は帽子を高く掲げ、誇らしげにわたしに見せつけた。

「・・・ありがとう」

風に乗って、わたしの声は彼のもとへ。

「いや・・・こっちこそ!」

こっちこそ・・・?

その言葉の意味は、後になってわかるのだけど。


ともかくこれが、わたしと彼の゛劇的な出会い″。


ねぇ、安芸くん。


友達にも印象が薄いなんて言われるわたしだけど。


わたしから、あなたへ送るシグナル・・・


ちゃんと届いてくれたかな。


※   ※   ※


「・・・って思ってたのになぁ。がっかりだよ、安芸くん」

「いきなりなんだよ・・・」

「安芸くんが悪いんだよ?心あたり、いっぱいあるでしょ?」

「はい・・・」

ほんとに想定外だよ。

わたしなりに、精一杯身体を張ったのに、
1学期に会ったときには顔も名前も覚えてなかったなんて。

・・・1年の頃も同じクラスだったのになぁ。

「・・・・・・」

「か、加藤・・・?」

なぜか怯えてる安芸君。

ちなみに、ここは安芸くんの部屋で、
わたしたちは今新作ゲームの製作中だ。

「お、怒ってるか・・・?」

「怒ってないよ。安芸くんって、ほんとキモイなんて思ってないよ」

「怒ってますよね!?あと、思ってますよね!」

「前から思ってたけどさぁ。安芸くんは、わたしのことを
 メインヒロインとか言いながら全くわかってないんじゃないかなぁ」

「うぐっ・・・」

「だから、わたしが英梨々に焼きもちやいてるなんて
 ありえない妄想しちゃうんだよ」

「蒸し返すな!記憶から消し去りたいって自分で言ってただろ!」

「でもこれ、安芸くんの方が何十倍も恥ずかしいよね。
 今までさんざんヒドイこと言われたからさぁ。意趣返しにいいかなって」

「ごめんなさいごめんなさい!もう二度と言わないから許してください!」
 土下座でも何でもしますから!」

「安芸くん、原作8巻の第六章の8行目のセリフを
 大きな声で復唱してみようか」

「メインヒロインがメタなこと言うなよぉ!」

「・・・しょうがないなぁ。安芸くんは」

「あんな早朝に、女の子が用もなく一人で突っ立ってると思う?」

「そりゃ・・・思わないけど」

「なら、それが答えだよ」

「いや、まったくわからないんだけど」

「・・・安芸くんって、ほんとに安芸くんだよね」

「・・・とりあえず、馬鹿にされてることはわかった」

「そんなことより、早く安芸くんは巡離ルートのシナリオを考えてよね。
 遅れると原画の出海ちゃんが困るんだから」

「そんなこと、で片づけるなよ!」

安芸くんはともかく、ゲーム制作の進捗は巡璃ルートを除いて
だいぶ形になってきている。

それでも、とても安全圏だとは言えない。

出海ちゃんのお兄さんが組みあげたスケジュールは、
わたしたち全員が全力を限界まで出し切る前提で練られていて、
かなりキツめのものとなっている。

ここから先、毎日が修羅場になっていくのだろう。

「う~ん・・・」

安芸くんはテキストを打ち込んでは消し、打ち込んでは消しての
堂々巡りに陥っている。

「・・・週末の締め切りに間に合いそう?」

「正直厳しいけど・・・やるしかないだろ。」

安芸くんはパソコンのディスプレイから目を離し、
わたしと見つめあう。

「約束したからな。加藤を、胸がキュンキュンするような
 メインヒロインにしてやるって」

・・・ずるいなぁ。

ほんとにたまにだけど、この男の子は真顔でこんなことを言うんだもの。

四苦八苦している安芸くんに、わたしは助け舟を出してみた。

「英梨々ルートと同じ手法で書いてみたら?」

実際のわたしたちがモデルなんだから、元ネタには困らないはずだ。

「それは・・・ものすごい禁じ手だな」

そうしたら・・・

完全にわたしをモデルにしたゲームが完成してしまったら・・・

「わたしはもう、安芸くんのメインヒロインじゃなくなっちゃうのかな・・・」

「加藤・・・・・・」

・・・それは、怖い。

サークルに入る前の日々なんて、もうほとんど忘れちゃった。

今さら教室の隅っこに座ってる少女Ąには戻りたくない。

「何を言ってるんだ!俺が加藤を手放すわけないだろ!」

「え・・・・」

「このゲーム制作が終わっても、俺はずっと加藤がメインヒロインの
ゲームを作り続ける。だから加藤、お前もずっと俺と一緒にいろ!」

「・・・告白?」

「そう思うならそれでもいいぞ。加藤が傍にいてくれるならな」

「・・・それって、わたしが了承した流れになっちゃうよ」

その瞳には怯えが見えた。

本当はわかってる。

安芸くんは、わたしたちが離れて行くのを怖がってるんだよね。

英梨々と霞ヶ丘先輩がいなくなった時、あの坂で、
人目もはばからずに泣いたほどに。

あの時―――本当は抱きしめてあげたかった。

でも、それを人前でするにはまだ、わたしの勇気が足りなくて・・・

「大丈夫だよ」

「わたし、サークル止めないよ」

「ずっと、傍にいるよ」

だからそんな泣きそうな顔をしないで。

「ずっと、わたしのヒーローでいてね」

「・・・ああ、約束する!」

ヒーローという意味を安芸くんがどう受け止めたのかはわからない。

でも、彼の横顔を見ただけで、わたしの胸に温かいものがこみ上げてきた。

うん・・・やっぱり、安芸くんは素顔の方がいいな。

いつから眼鏡をかけだしたのかは知らないけど、
冷戦に突入する前の英梨々と氷堂さんは
いつもこれを見てたのかな。

そもそも安芸くんがこんな美形だとは思わなかったよ。

眼鏡を取ったらイケメンに大変身とか、
えと・・・これ何てエロゲ?ってやつだよね。

・・・あれ、ちょっと違うかな。まぁ、いっか。


時計の針が深夜を告げた頃、
わたしは睡魔に襲われて船をこぎ始めた。

「寝ていいぞ?あとは俺がやっておくから」

「・・・ごめん、そうする。ベッド、使わせてもらうね」

普通に考えれば、付き合っているわけでもない男の子の部屋で
寝るなんて無防備にもほどがあるけど、安芸くんが寝込みを襲ったりする
人じゃないことはわかっている。

それよりも、休めるときに休まないと、本当に修羅場に陥った時に
身体がとてももたない。

「おやすみ、安芸くん」

「おやすみ、加藤」

シーツから伝わるお日様の匂いと、微かな安芸くんの匂いに包まれて
急速に意識がぼやけていく。

疲れがたまっていたのだろう、心地よい眠りはすぐに訪れた。


※   ※   ※


わたしの通う豊ヶ崎学園には、三人の有名人がいる。

一人は澤村・スペンサー・英梨々さん。

英国人と日本人のハーフで、さらさらの金髪をツインに束ねて
両の碧眼は水晶のように透き通っている。

ひとたび彼女が傍を通れば誰もが振り向くような美貌の持ち主だけど、
彼女の魅力はそれだけじゃない。

入学してすぐに市の展覧会で入選して、一年生でありながら
押しも押されもせぬ美術部のエース。

家がお金持ちとか、お父さんが外交官とか、そんな噂まであって、
しかも性格もおしとやかというのだから、
神様もえこひいきが過ぎるよね。

天は彼女に二物も三物も与えちゃったのに、
誰も疎ましく思わない、まさに高嶺の花。

一人は霞ヶ丘詩羽先輩。

艶のある流れるような黒髪は、きめの細かい白い肌とともに
先輩の純和風な美貌を引きたてている。

入学以来テストで1位以外を取ったことがなく、
学園始まって以来の才女と目されている。

さらに言えば、休み時間で見かけたときには
いつも本を広げていて、読みながら髪を整える姿が
とても絵になる文学少女。

そしてもう一人が・・・

「おい倫也、今日も職員室に行くのか?」

「ああ。絶対に許可を出してもらう!」

わたしと同じクラスにして、学校一のオタクの安芸倫也くん。

成績も運動も平均的で、そこはちょっと親近感。

来週末に控える学園祭でアニメ上映会を行うべく、
今日も先生たちの説得に向かうらしい。

「オタっ君、がんばれ~」

「実現したら見にいってあげてもいいよ~」

そんなからかいと好奇心に満ちた声援に軽く手を振って、
安芸くんは彼の戦場へ赴く。

その姿は別にかっこよくもなんともないんだけど。

なんか、いいなぁって思うのはなんでだろうね。


お昼休み。

「ごめん、恵。今日は彼氏と食べる約束してるんだ」

「そうなんだ。なら仕方ないね~」

こんな風に何度か友達に声をかけてみたものの、タイミングが合わなかったり
先約があったりして、やんわりと振られてしまった。

まぁ、こんな日もあるよね。

「・・・屋上にしようかな」

わたしは教室を出て、弁当箱片手に校舎の階段を上がっていった。

屋上と昇降口を繋ぐ扉を開けると風が吹き込んできた。

屋上に出てみたものの深まりゆく秋の風は冷たく、思わず身震いする。

やっぱり教室で食べようかな。

引き返そうとした視界の端に、ベンチに座って頭を抱える
安芸くんの姿を捉えた。

一目で今回もダメだったんだとわかる落ち込みようで、
これがマンガなら、たぶん彼の周りには黒いオーラが出てると思う。

声をかけるか躊躇ったものの、わたしは意を決して近づいてみた。

「・・・隣、いい?」

安芸くんは顔をあげチラっとわたしをみたけど、特に何も言わなかった。

わたしはやや距離を置いて同じベンチに座る。

「・・・キモオタの俺と一緒にいるところを見られたら、変な噂が立って
 困るんじゃないか?」

「平気だよ。ほかに人影はないし、そもそも安芸くんとわたしだし」

日ごろから二次元好きを公言しているオタクの安芸くんと
とりたてて特徴のないわたし。

噂にしても面白いとは思えない。

「また撃沈したみたいだね」

「・・・見てたのか?」

「見てはないけど、見ればわかるよ」

弁当箱のふたを開けると、たまごやきやほうれんそう、
ひじきにミートボール・・・などなど。

そして白ご飯に梅干し付き。

いたって普通のお弁当だ。

「お昼ご飯食べた?」

「焼きそばパンとカツサンド。ギャルゲーの定番だ」

「ふ~ん」

たまごやきをかじると、甘い風味が口内に広がっていく。

うん、おいしい。

「それで、これからどうするの?まだ諦めない?」

「諦めるわけないだろ。まだ焦る時間じゃない。
 今日がダメでも明日があるんだよ」

安芸くんはようやくわたしを正面から見る。

「あれ、同じクラスの加藤じゃん」

「い、今気づいたの?」

ひどいんじゃないかな、という感想はともかく。

「そんなに上映会したいなら、ゲリラでやってみたら?」

「俺は伝説を創りたいわけじゃない。ただみんなに
 アニメというサブカルチャーの素晴らしさを知ってもらいたいんだよ」

「安芸くんって意外と真面目だよね」

「俺は生粋のオタクだが不良じゃないからな」

「それに、行動力もあるし」

実際、安芸くんは先生を説き伏せて校則で禁止されている
アルバイトを認可してもらっている。

お金の使い道が、全てオタクグッズなのはご愛敬なのかな。

「うん、わたし安芸くんのことあんまり嫌いじゃないかも」

「・・・少しは嫌いなんですね。上げて落としてるぞ、それ」

それがどんなことでも、誰かが一生懸命になってる姿って良いよね。

何事にも全力で取り組んだことのないわたしには、
安芸くんの姿が眩しく映る。

やる気と情熱―――

それが安芸くんにあってわたしにないもの。

そんな自己分析はできてるのに、変わろうとしないから
いつまでたってもあか抜けない。

人間は、一人一人が人生という物語の主役なのだという。

それは嘘ではないだろうけど、詭弁が混ざっているようにも感じる。

だって、きっとわたしを主役にしても面白い物語は書けない。

澤村さんや霞ヶ丘先輩、そして安芸くんなら・・・
読者をドキドキさせる、見応え十分の物語となるんだろうな。

「ねぇ、安芸くんの夢ってなに?」

「何の脈絡もない上にプライバシーの侵害だぞ」

「・・・そっか、無いんだね」

「ちょっと待て、どうしてそうなった?」

「安芸くんの目が泳いでるから、かな?」

「今が充実してるからいいんだよぅ・・・」

でも、安芸くんは急に閃いたように、

「何か、でっかいことをやりたいと思う」 と、言った。

あくまで妄想の域を出ない・・・“ちゃんとした”、夢。

だけど、この日一番、安芸くんの瞳は輝いていた。

「オタが集まって、バカなことをやって、でも命がけで・・・・
 時間が流れてまた集まったとき、俺たちって本当にどうしようもない
 キモオタだなぁって笑い飛ばせたらいい」

「・・・・・・・・・」

どうあってもオタクがついて回るのが安芸くんらしい。

でもね。

「・・・すごくいいと思う」

彼の思い描く未来が、わたしにも形になって見えた気がした。

その未来は、安芸くんと、まだ名前も顔も知らない誰かたちと・・・


それから・・・・・・わたし。


「わたし・・・・・・応援するよ」

まだ未完成だから、一つ一つパズルのピースを埋めていって。

いつかたどり着くのは、みんなが笑ってる、眩しい未来地図。

わたしをときめかせる、幸せな巡り合い。

わたしもその輪の、端っこに加われたら、そんな素敵なことはないよね。

「ごちそうさまでした」

お弁当を食べ終わるのと同時に、
二人だけの時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。

「加藤のおかげでいい気晴らしになったよ。ありがとな」

「どういたしまして。ところで安芸くん、次の英語は小テストなんだけど、
 ちゃんと勉強してきた?」

「・・・・・・え?」

あ、固まっちゃった。

「忘れてたんだね・・・」

「ま、まだ最後の悪あがきをする時間はあるもん!
 いくぞ、加藤!」

「は~い」

駆け出・・・そうとしてギリギリの早歩きで校舎内へ戻る
安芸くんの背中を追う。

安芸くん。

わたし、あなたを見つめ続けてみるよ。

そうしたら、いつかわたしも胸を張って好きだといえる、
本当の宝物を見つけられるかもしれないから。


後日。


安芸くんの努力と執念が実を結び、みごと文化祭で
アニメ上映会が開催されることとなった。

意外にも足を運んだ人は多くて、好評の内に終わったらしい。


よかったね。


おめでとう、安芸くん。


※   ※   ※

「・・・・・・ん」

小鳥の歌声が朝を知らせる。

まだ寝ていたいという欲望にあらがって身体を起こすと
部屋の窓から差し込む朝日が目に入って眩しい。

「・・・そっか。わたし、安芸くんの家で・・・」

覚醒していく意識。

その中で、わたしは先ほどの夢に想いを馳せる、

懐かしい、夢だった。

きっと安芸くんは忘れてるだろうけど、
わたしの大切な遠い日の記憶。

「・・・安芸くん?」

見れば安芸くんは床に転がって寝息をかいている。

「お疲れさま・・・」

安芸くんにタオルケットをかけてあげた。

シナリオは・・・完成したのかな?

電源が点いたままのパソコンのディスプレイには、
テキストファイルが表示されている。

全体に文字がびっしり埋め尽くされ、文末にはENDの文字が打ってあった。

そっか・・・書きあがったんだ。

もちろん、これがそのまま完成稿になるわけじゃないことはわかってる。

これを土台に叩いて、加筆と修正を繰り返して、みんなが納得する
叶巡離のストーリーを練り上げなければならない。

でも、ここにあるのは安芸くんが一人で創り上げた、
“混じりけなしの安芸くん”の物語。

さらに言うなら安芸くんというクリエーターの心、あるいは魂そのもの。

「読むね、安芸くん・・・」

そしてわたしは、安芸倫也が生み出した世界へと飛び込んでいった。


ある春の日に、俺は、運命と出逢った・・・

穏やかな日差しが降り注ぎ、暖かな風が通り抜け、桜の花びらが舞う長い坂。

そして、そのてっぺんに佇む一人の女の子。

名前も知らない、会ったこともない女の子。

新たな予感に胸を躍らせる、そんな瞬間・・・・・・

俺はそのとき、恋をした。



物語は、そんなプロローグから始まる。



後編へ続きます。



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  1. 2016/01/02(土) 00:45:14|
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